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第5章 21世紀は宇宙ツアーの時代


1. ロケットがなけりゃ何も始まらない


2. 実用ロケット第一号を開発した男

3. 人工衛星や探査機の軌道投入はどうやるの?

4. いまや常識のスイングバイ航法とは?

5. スペースシャトルの背中にのってる小亀は何ていうの?

6. 宙を舞う一三〇kgの牢獄、宇宙服!

7. 宇宙は苦労がいっぱい

8. 史上最大のピースな国際プロジェクト、宇宙ステーション

9. 宇宙宙飛行士は二一世紀の花形職業

10.スペースコロニーで、人類の未来はバラ色!

11.宇宙帆船は奇想天外なアイデアか?

12.宇宙旅行の予約受付け開始! 費用は九万八〇〇〇ドルなり


1.ロケットがなけりゃ何も始まらない

 ロケットがなければ宇宙へ旅立てないことを、初めて理論的に明らかにしたのは「宇宙旅行の父」と称せられるロシアのツィオルコフスキー(写真参照)である。帝政ロシア時代に独学で数学と物理をマスターし、「反動飛行体による惑星宇宙の探検」などをテーマとした研究を行なった。この反動飛行体とは今でいうロケットである。
 ツィオルコフスキーは、ツィオルコフスキーの公式*として知られるロケット設計のための公式を導いたばかりでなく、多段式ロケットのアイデアを科学的に打ち出したことでも知られる。また、宇宙ステーション、スペースコロニー、原子力ロケット、イオンロケット、太陽帆船、軌道エレベータなど、現代でも最先端をゆく水準の概念とアイデアを提案した。
 ツィオルコフスキーは、ロケットの理論を打ち立てたが、その海のものとも山のものともつかないロケットを、実際につくることに孤軍奮闘の生涯を捧げた男もいる。アメリカのロバート・ゴダードだ。彼の生きた十九世紀末から二十世紀はじめは、火星の運河論争(第3章の8参照)が世界を席巻していた頃で、彼も強い影響を受けた一人だった。彼は大学を卒業したあと、念願のロケット研究に没頭し、一九一九年には、その著書の中で「月へ行く方法」を述べた。当時の新聞はゴダードを「月男」と呼んで嘲笑し、ゴダードはその心労のため、ついに病気になってしまった。それもきわめて重い病気に。生死の境をさまよいながらも、彼は枕の下から自分がやろうとしている計画を書きつけた紙切れをとり出し、「自分はこれをやりとげなければ死ねない」と叫んだ。
 奇跡的に命をとりとめたゴダードは、健康を回復すると再びロケットの研究に全身全霊を打ち込んだ。そして一九二六年、ついにマサチューセッツ州オーバーンの農場で、世界史上初の液体燃料ロケットの打ち上げを成功させたのである。二・五秒間に五六mの彼方へ飛んだだけだったが、まぎれもなくこれが、人類初の液体燃料ロケット飛行の姿であった。ゴダードは死ぬまでロケットの改良をつづけ、とりわけ姿勢制御装置についての有益な研究・実験を行なった。
 ゴダードの死後、アメリカ政府は、アポロ計画を推進するにあたり、ゴダードの保有する二一四件もの特許を買いとった。「ロケットの父」といえば、このゴダードのことである。

* 噴射ガスの速度が大きいほど、またロケットの点火時と燃焼終了時の質量比が大きいほど大きな速度が得られることを示す式。今でもロケットの設計現場で使われている。

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2.実用ロケット第一号を開発した男

 前項に引きつづき、偉大なるロケット野郎をもう一人ご紹介しよう。その男の名はフォン・ブラウン。ドイツ人である。
 彼は、最初は平和利用の目的でロケットを開発していたが、ナチスドイツが第二次世界大戦に突入すると、陸軍にさそわれて軍用ロケット、すなわちミサイルの開発にたずさわるようになった。軍の豊富な資金を使い、当時の最高頭脳を結集して、一九四二年、ついに史上初の誘導ミサイル「V−2」を完成させた。実用ロケット第一号である。全長一四m、直径一・六五m、本体重量五・五トンという堂々たるロケットで、約一トンの弾頭を積み、大気圏を突き抜けて数十kmの上空へ達し、三〇〇km以上の水平距離を飛ぶことができた。人工物体が宇宙空間に飛び出した最初の瞬間である。燃料にはエチルアルコール、酸化剤には液体酸素が使用された。
 一九四四年には量産が軌道にのり、パリを手はじめに総数一六七五発がヨーロッパ各地に撃ち込まれた。とくにイギリスには一一一五発が撃ち込まれ、二五〇〇人以上の人命が損なわれた。戦後、フォン・ブラウンをはじめとするV−2のリーダーたちはアメリカにまねかれ、世界一の国力のもとで宇宙開発の第一線をリードした。また旧ソ連は、ドイツを占領して下級技術者とノウハウを持ち去り、ミサイルの開発と宇宙の開発に役立てた。米ソ間の冷戦と宇宙開発競争の幕は、こうして切って落とされたのである。
 さてここで、ロケットはどうして飛ぶのかを考えてみよう。ロケットの父、ゴダードをあざ笑った新聞は、「宇宙には噴出ガスが蹴るものが何もないから、ロケットは絶対に飛ぶわけがない」と書いた。しかし、私たちはいま、この新聞記事をあざ笑うことができる。ロケットは、外を蹴るのではなく自分自身を蹴ることによって推進し、宇宙でもどこでも飛ぶことができるのである。
 ロケットには、噴射ガスを加速するためのノズル*を尾部に備えた燃焼室がある。この燃焼室の中で燃料を激しく燃やすと、高温高圧のガスが発生してノズルから勢いよく噴出し、その反動でロケット本体が激しく押される。この力によってロケットは推進するのである。銃を撃つとき、しっかり固定していないと、後ろへひっくり返りそうになるが、あれと同じ反動だ。いわゆる反作用による力である。ジェット機も同じ原理で飛行するが、ジェット機は燃料を燃やすのに空気中の酸素を必要とする。ところがロケットは、自前で酸化剤をもっているため、酸素のない宇宙空間でも飛ぶことができるのだ。

* 流体を狭い流路(ノズル)から放出させると、流体の速度が増す。風の強い日、風がビルとビルの間の狭い空間に吹き込むと、風はさらに強まって突風となるが(ビル風)、これと同じ現象だ。

※図はNASDAホームページ「オンラインスペースノート」(http://spaceboy.nasda.go.jp/Note/Note_j.html)より引用

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3.人工衛星や探査機の軌道投入はどうやるの?

 ロケットは打ち上げられると最初は垂直に上昇するが、推力の弱まりとともにだんだん機首がおじぎをしてきて機体は横に寝てくる。このロケットの接線速度(ロケットが地球面と水平になったときの速度)が高度によって決まる「第一宇宙速度」と呼ばれる臨界速度に達しないときには、ロケットはそのうち地球の重力に負けて落下する。
 ロケットの接線速度が第一宇宙速度に等しいときは、ロケットはそのうち地球の周りを回るようになる。ロケットは接線の方向に飛び去ろうとするのだが 地球の重力に引っ張られて斜め方向にわずかに落下し、この斜め方向へのわずかの落下が際限なく続くことによって結局は地球の周りを回ることになるのだ。
 そして接線速度が第一宇宙速度よりも大きいと、ロケットは長円軌道を描いて地球を回るようになる。さらに「第二宇宙速度」と呼ばれる臨界速度で推進しているときには、ロケットは地球の重力をふり切って放物線軌道を描いて宇宙の彼方へと飛び去る。第二宇宙速度を超えると双曲線軌道になる。円軌道、長円軌道、放物線軌道そして双曲線軌道にあるとき、ロケットそれ自身は自分の推力は必要としない。つまり初速だけをもっていればよい。
 第一・第二宇宙速度はロケットの高度が高いほど小さくなる。ロケットは結局、目的の高度に達した際にその接線速度をいくつに選ぶかでその軌道(円、長円、放物線、双曲線)が決まるわけだ。
 月へ行く場合は、ロケットは長円軌道か放物線または双曲線軌道をとらねばならない。長円軌道の場合、長径の一方の端が月の近くになるような軌道を選ぶ。
 長円軌道でも放物線や双曲線軌道でも、月に接近すれば月の重力にとらえられる。この月の重力圏で月面に着陸するのなら、機首を月面と反対方向にし、適度に逆噴射をしつつ降下する必要がある。月から離れていくのであれば月の重力に負けないパワーで逆噴射を行う。月の周りを周回するのであれば、ロケットの機体を月面に水平にし、ロケットの速度(接線速度)を選んで軌道を決めてやる。
 以上の話は、ロケットそのものが人工衛星になったり、月へ行ったりする内容となっているが、実際にはロケットは、積んできた人工衛星なり月探査機なりを所定の軌道に投じたところで役割を終え、地球へUターンして回収される。

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4.いまや常識のスイングバイ航法とは?

 たとえば、ある惑星に向かう探査機が月に接近しているとしよう。月の重力圏に入った探査機は、ふつう双曲線軌道を描きながら月を巻き込むように月面に近づき、いちばん近づく点で最高速度に達すると月面をかすめて月から遠ざかり、やがて月の重力圏から去っていく。接近していたときとは向きも変えている。
 この探査機の運動を考える場合に忘れてならないのは、月は地球のまわりを公転しているということである。月の平均公転速度は秒速約一km。かなりの猛スピードで運行していることがわかる。これは月の重力が、猛スピードで公転方向に動いているということである。
 探査機が月の公転方向を向き加減に月に接近していく場合、探査機の速度は月の動く重力に引っ張られて加速され、月面をかすめた後、月から遠ざかっていく。加速され、方向も変えられて月から離れていくわけで、これを加速スイングバイという。
 今度は、探査機が月の公転方向とは逆向き加減に月に接近していくとしよう。この場合、探査機の速度は月の動く重力に押し戻されて減速され、月面をかすめた後、月から離れていく。減速され、向きも変えられて月から離れていくわけで、これを減速スイングバイという。
 これらの加速・減速・方向転換を意図的に行なう航法を「スイングバイ」という。惑星はみな太陽のまわりを公転しているから、惑星を利用したスイングバイも可能だ。事実、スイングバイは多くの惑星探査機に用いられている。中でも有名なのはボイジャー二号だ。この探査機は、地球を出たときには木星まで行ける速度しかなかったが、木星でスイングバイを行なって加速すると同時に方向も変え、土星に向かった。そして土星、天王星でも加速スイングバイを行なって、ついには海王星まで行ったのである。
 これが可能だったのは、当時の木星から海王星までの惑星の配列が大きくものをいった。スイングバイして方向を変えた先に、おあつらえ向きに行き先の惑星が次のスイングバイをなしうるような位置と速度でもって運行していたのである。このような惑星の配列は、一八九年に一度しかないという、千載一遇のチャンスであった。
 惑星探査機に月と地球で加速スイングバイを行わせる方法もある。月で加速スイングバイをさせて向きを変えさせ、地球に接近させる。そして今度は、地球が太陽のまわりを公転していることを利用して再び加速スイングバイを行わせ、目的の惑星へと向かわせるのである。

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5.スペースシャトルの背中にのってる子亀は何ていうの?

 スペースシャトル*の背中にのっている子亀は「オービター」(軌道船)という。打ち上げロケットであり、人工衛星でもあり、帰還用の大気圏突入カプセルでもある。まさにスペースシャトルの中核だ。
 シャトル全体の大きさは、長さ五六m、高さ二三mである。これを起立させて発射台にくくりつけると、一八階建てのビルと同じ高さになる。総重量は約二〇〇〇トンだ。
 スペースシャトルの打ち上げは、発射五時間前から最終段階の準備にかかり、一時間五〇分前には宇宙飛行士がオービターに乗り込む。発射時刻になるとオービターの主エンジンと固体ブースターの補助エンジンが点火され、スペースシャトルはゆっくりと上昇していく。推力は三〇〇〇トンだ。約二分後、固体ブースターが切り離され、パラシュートで海面に降下する。そして八分後、今度は液体燃料タンクが高度二五〇〜四〇〇kmで切り離される。残されたオービターは、軌道修正用の小型エンジンを点火して所定の地球周回軌道に乗る。
 目的のオペレーションが完了して帰還するときには、オービターのエンジンを逆噴射し、第一宇宙速度(本章の3参照)よりも減速する。こうするとオービターは地球の重力に引っ張られて落下する。大気圏に再突入するときは腹部を落下方向に向け、大気との摩擦を大きくする。そして、十分に減速したあとはグライダーと同じように滑空して滑走路に着陸するのである。
 オービターの全長は新幹線の一両半とほぼ同じで、翼幅は約二四m、高さは約一七m、重量は九〇トンだ。胴体の中心部にある貨物室に二九・五トンまでの荷物を積み込み、低軌道上まで運ぶことができる。また、一四・五トンまでの荷物を地上に持ち帰ることも可能だ。主エンジンのほかに、軌道修正エンジンと姿勢制御エンジンも搭載されているので、宇宙空間でも自由に飛行できる。
 スペースシャトルは、人工衛星や惑星探査機の軌道上への運搬、故障した衛星の回収・修理、無重力空間を利用した各種実験などを目的として開発されたものである。あのハッブル宇宙望遠鏡の軌道上までの運搬とその後の修理や、金星探査機マゼラン、木星探査機ガリレオなどの運搬も行なった。また一九九五年六月には、ロシアの宇宙ステーション「ミール」とドッキングして、四日と二一時間のランデブー飛行も行った。
 日本人宇宙飛行士の搭乗も、もうめずらしくはなくなっている。一九九七年一一月に打ち上げられたコロンビアには、土井隆雄宇宙飛行士が搭乗し、船外活動を行なった。土井さんは、体ひとつで宇宙空間に飛び出した日本人第一号である。

* スペースシャトルとは、オービターと二基の固体ブースター(補助ロケット)が、巨大な液体燃料タンクにくくりつけられたもの。液体燃料タンクは使い捨てだが、オービターと二基の固体ブースターは再利用される。

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6.宙を舞う一三〇kgの牢獄、宇宙服!

 宇宙服なしで宇宙空間に出たら、カチンカチンに凍るか、熱射病で死ぬかのどちらかだ。宇宙空間は基本的には極低温であるが、太陽のような恒星からの光が射している場合には、血液が沸騰するくらいに熱せられてしまう。また、宇宙線にもろに当たってしまうから身体に異常もきたす。そこで、宇宙服の登場となる。宇宙服とは、いってみれば断熱と放射能よけの気密服であり、服の内部は適温・適圧に調節される仕組みになっている。
 スペースシャトル「コロンビア」に搭乗した土井宇宙飛行士が船外活動で着用した宇宙服とは、次のようなものだ(写真は訓練中の土井さん)。
 その重さは何と一三〇kg。下半身は軽くできていて一五〜二十kgである。無重力の宇宙空間だからこそ着られる重さだ。当然、一人では着られず、他の人の手助けがいる。
 宇宙服は、各パーツごとにサイズがとりそろえられ、その組み合わせによってほとんどの人が着られるようになっている。下半身はリラックスしているが、上半身は固定され、中で動くことはほとんどできない。肘から先は自由に動かせるが、肩はほとんど動かせない。肩の関節をはずすような気持で大きく動かすと、やっと腕全体を持ち上げることができる。
 手袋は、手の大きさの倍くらいある。指を動かすにはかなりの力が必要だ。また、指のサイズに合っていないとスルッと抜けて、ほんの一〇分くらいで指を動かすのがとても困難となり、指が使いものにならなくなる。土井さんの場合、船外活動の訓練を三回やって、やっと自分の手に合うものが見つかったという。
 足は前後には自由に動かせるが、横にはほとんど開かない。宇宙空間では手を使って移動するため、下半身はほとんど用なしなのだ。靴の中は指先が少し動く程度。スキー靴を履いているような感じだろう。作業をやりやすくする足場のようなものに靴を固定する必要から、わざときちきちにしてあるのだ。
 服の前部には、服の中の圧力をコントロールするためのレバーがついている。ただし、自分からはそれは見えないので、手首につけた鏡に映して操作する。真空の宇宙空間においては、その圧力は三分の一気圧にセットする。
 宇宙服にはフックもついている。自分の体が浮いていってしまわないように、ハンドレール等にひっかけるのだ。道具類もフックで自分の体かハンドレールにつないでおく。
 生命維持に欠かせない酸素は、通常用と緊急時用の二系統の供給系をもっている。
 ヘルメットにも、さまざまな機能が装備されている。太陽光線をさえぎるためのサンバイザーは、顔全体にお椀をかぶせるような具合だ。またライトがついているので、夜間も船外活動が行なえる。

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7.宇宙は苦労がいっぱい

 無重力空間に滞在する宇宙飛行士には、それなりの苦労がある。まず、宇宙飛行初期の頃の話から始めよう。
 まず食事だが、当時はチューブ入りの流動食とひと口サイズのスナックといった程度で、とても食事と呼べる代物ではなかった。また、うまいとかまずいとかには関係なく、食べたものは排泄されねばならないが、宇宙船内に地上と同じようなトイレをつくっても用はなさない。排泄された汚物は、宇宙船内をフワフワと漂ってしまうからだ。そこでどうしたかというと、オシッコはおしめ、大便のほうは袋で処理した。
 今はどうか。たとえばスペースシャトルのオービター内には、チキンシチュー、ビーフストロガノフ、ピラフ、ヨーグルト、ジュース、レモネードなど、一〇〇種類におよぶ飲食料品が貯蔵され、いつでも飲食できるようになっている。調理設備も備えられ、お湯と水の供給器、オーブン、そして食器類や調味料なども用意されている。つまり、地上とそんなに変わらない食事ができるわけだ。ただし、無重力空間では味覚が多少鈍くなるらしい。また、無重力で胃の中の重さが感じられないので、満腹感はそれほど得られないという。
 では、排泄のほうはどうか。これも、オービターには無重力用のトイレが用意されている。まず両足を固定し、便座に腰かけてシートベルトを締め、手すりにつかまって用をたす。体が浮き上がらないようにするための工夫だ。水洗というわけにはいかないので、オシッコのときはホースの先の漏斗に直接入れ、大便のほうはファンで勢いよく下へ吸い込ませる。無重力で用をたすというのは、なかなかつらいものらしい。便秘気味の人には向かないかも・・・。
 無重力空間ではゲップも禁物だ。胃の内容物が全部口から飛び出す。どうしてもがまんできなくなって、ゲップをしてしまったら、歯を食いしばって、出そうになった食べ物を飲み込むしかない。
 地上からはうかがい知れないことは、このほかにもいろいろある。たとえば汗だ。宇宙飛行士たちは運動不足にならないよう自転車こぎをするが、裸でそれをやると、三〇分もしないうちにかいた汗が大きな皿ほどの水たまりとなって体表面に広がり、深さは一cmほどにもなるという。その水たまりが、体の動きに合わせて体表をずるずると動き回る。運動のあとは、汗の水たまりを振り落とさないよう、注意してそっと移動しなくてならない。へたに動くと、その水たまりが宇宙船の壁や装置類にくっついて、めんどうなことになるからだ。
 宇宙では、地上のように、ひとっ風呂浴びるなんてこともできない。宇宙での暮らしを地上並みにするには、人工重力発生装置を持ち込むか、宇宙でそれを組み立てるしかないようだ。

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8.史上最大のピースな国際プロジェクト、宇宙ステーション



 今は“使う宇宙”の時代だ。宇宙という場所、環境、そして資源を活用する。場所を活かした利用としては、地球観測衛星、気象衛星、通信衛星、放送衛星などがある。また、宇宙空間の無重力・真空・極低温という特殊な環境を活かせば、地上ではつくり出せないような材料を開発したり、ファイバーケーブルを必要としない光通信などが可能だ。さらに、真空に照りつける強力な太陽光線を活かした宇宙発電や、月面に眠る核融合燃料ヘリウム3(第3章の6参照)の採取など、エネルギー資源の面でも宇宙は大きな可能性を秘めている。
 こうした宇宙のもつ大きな可能性を利用するには、人が宇宙に長期的に居留する必要がある。そのための宇宙建造物が宇宙ステーションだ。
 一九八四年、アメリカは国際宇宙ステーション計画を発表し、友好国に対して参加と協力を呼びかけた。この呼びかけに応じたのは日本、欧州、カナダなどで、これらの国々とアメリカとの間で、一九八八年、国際宇宙ステーションの設計・開発・運用および利用に関する協定が結ばれた。また、旧ソ連崩壊後の一九九三年にはロシアも参加し、史上最大の国際プロジェクトがスタートした。開発費だけでも5兆円にのぼる。一九九八年から二〇〇四年にかけて、段階的に組み立てられていく。全長は一一二mもあり、高度約四〇〇kmの地球周回軌道を地球の自転と同じ向きで回る。予定どおりにいけば、二〇〇四年に本格運用が始まるはずだが、そこが国際プロジェクトのむずかしいところ、若干のスケジュールの狂いはさけられまい。
 日本では、一九九三年に筑波宇宙センター内に宇宙ステーション試験棟が建造され、日本の実験モジュール(JEM)の各システムおよび実験ペイロードの組み立て・試験が行なわれている。JEMに投じられる開発総予算は三一〇〇億円だ。
 ところで、宇宙に長期滞在するとなると、気になるのは人体への影響だ。無重力による影響がいちばん大きい。地上にいるときは血液は重力に引っ張られていたのに、無重力になるとその作用がなくなるので、血液は上半身に集まるようになる*。このため、顔がむくんだり、鼻づまりのようになったり、脚が細くなったりする。また心臓は、重力に抗して血液を送らなくても済むので、そのぶん機能が低下する。
 ひどい場合には、倦怠感、眠気、吐き気などが襲って、ちょうど二日酔いみたいな症状になる。宇宙酔いだ。三日から一週間ぐらいで治るようだが、個人差があってまったくかからない人もいるという。その他、筋肉の萎縮や、骨からのカルシウムの流出なども起こる。頭や体の各部を支える必要がなくなり、筋肉や骨が弱まってしまうせいだ。ただ、カルシウムの流出は、四〜五カ月もするとほとんどなくなるともいう。そうでもないと、ロシアの宇宙ステーション「ミール」の搭乗員のように、四三七日と一八時間なんていう宇宙最長滞在の記録も、その達成がむずかしかったであろう。いずれにせよ、宇宙ステーションではせいぜい運動にはげみ、骨と筋肉を使う必要がある。

* 宇宙では体の上半身に集まっていた血液が、地上に戻るときは急に下半身に移動するため、貧血になりやすい。それを防ぐため、宇宙飛行士は大気圏突入の前に約一リットル(人によって量は異なる)の水分をとる。


9.宇宙飛行士は二一世紀の花形職業

 アメリカ、日本、欧州、ロシア、カナダなどが参加する史上最大の国際プロジェクト、宇宙ステーション。国連での条約や規定によって「すべての天体を含む宇宙空間は、国家による取得の対象とはならない」とされているから、各国間の醜い利害の対立も避けられそうな、史上もっとも“きれいな”国際プロジェクトだともいえる。宇宙だけはせめて、物質的にも精神的にも汚されることのない聖域としたいものである。
 この宇宙ステーションの組み立てが開始され、宇宙開発は新次元に突入した。宇宙飛行士が、本格的に宇宙で活躍する時代の到来である。参考のために、日本の宇宙開発事業団(NASDA)の定める宇宙飛行士のMS(後述)の応募条件をご紹介しよう。
 @自然科学系の大学(理学部、工学部、医学部、歯学部、薬学部、農学部等)を卒業していること
 A自然科学系の研究・設計・開発等に三年以上の実務経験があること(修士号取得者は一年、博士号取得者は三年の実務経験とみなす)
 B英語が堪能で、TOEFL、TOEIC等のスコアレポートが提出可能なこと
 C宇宙飛行士としての訓練活動と宇宙飛行活動を円滑に実施できる知識と技術および心的・身体的特性を有すること。身体的特性とは、身長が一四九cm〜一九三cm、血圧が一四〇〜九〇以内、視力が両眼とも裸眼で〇・一以上、矯正で一・〇以上など
 D一〇年以上、宇宙開発事業団に勤務が可能であり、かつ、海外での勤務が長期間可能であること
 E所属機関(またはそれに代わる機関)の推薦が得られること
 書類選考と英語力テストがまず行なわれ、これにパスすると第一次から第三次までの検査・選抜が行なわれる。
 宇宙飛行士とは、与えられた任務を果たすべく選抜され、訓練された専門家であり、その任務の違いによっていくつかのタイプに分けられる。スペースシャトルの場合でいうと、「コマンダー」とは船長、「パイロット」とはシャトルの運用・操縦者、「ミッション・スペシャリスト(MS)」とは機器の操作、船外活動、人工衛星の放出・回収などを行なう専門家だ。また「ペイロード・スペシャリスト(PS)」という、特定のミッションのための専門家もいる。日本人宇宙飛行士の毛利さんと向井さんはPS、若田さんと土井さんはMSだ。
 宇宙ステーションは、居住用のモジュールと実験用のモジュールからなるトランス構造物と、その両端に装備される巨大な太陽電池パネルで構成される。これらのモジュール群は、スペースシャトルやロシアのプロトンロケットによって段階的に打ち上げられ、軌道上において宇宙ステーション・マニピュレータ(組み立てロボット)および搭乗員の船外活動によって組み立てられる。
 宇宙ステーションの組み立て・運用によって蓄積された技術は、次世代宇宙ステーションや有人月面基地、さらにはスペースコロニーなどに活用される。

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10.スペースコロニーで、人類の未来はバラ色!

 日米仏でベストセラーを記録した「歴史の終焉」という書物の中で、著者のフランシス・フクヤマは、「共産主義も崩壊し、私たちの世界にはイデオロギーの対立もなくなって、世界の歴史はある意味で終焉を迎えた。新たな歴史は地球外への人類大移民計画の具体化までは始まらず、それまでは理論の穴埋めや、消費者の満足といった作業が延々とつづくだけである」と述べた。
 また、アポロが月面着陸を果たした一九六九年に、スペースコロニーのアイデアを打ち出したジェラルド・K・オニールは、「人類がスペースコロニーに移住すれば、人類は愚かな戦争をやめ、滅亡の危機からまぬかれるだろう」と説いた。スペースコロニーの規模は無限大に広げられるから、戦争の根本原因となる領土争いがなくなるというわけだ。
 オニールが構想したスペースコロニーのモデルとは、次のようなものだ。
 スペースコロニーは直径六・五km、長さ三二kmの二本のシリンダーで構成される。このシリンダーの内壁が陸地となる。シリンダーは回転しているから、その内部の物体には遠心力が働き、これがコロニーの重力となる。陸地の総面積は一三〇〇平方kmで、数百万人の人口をかかえることができる。シリンダーの内壁には巨大な窓もついており、この窓から導いた太陽光線が、巨大な鏡に反射して陸地を照らす。鏡の調節によって、昼夜のサイクルや季節の移り変わりもつくり出せる。エネルギーは、太陽電池パネルや太陽熱を直接利用する太陽熱発電でまかなう。また農業生産は、雷さんの太鼓のようにシリンダーをとりまく農業ステーションで行なわれる。シリンダーの頂部には、工場と発電ステーションも設置される。
 このスペースコロニーは、地球と月の重力がちょうど平衡するラグランジュ点に建造される。そして、建設資材もできるだけ月面で調達する。月面の岩石に含まれる物質としては酸素がいちばん多く、そのほかにシリコン、鉄、アルミニウム、カルシウム、マグネシウム、チタンなどの物質も含む。月面に基地を建設して酸素の分離や金属の採鉱・精錬を行ない、部品工場もつくる。月の重力は地球の六分の一しかないから、コロニーへの物資の輸送も楽だ。
 スペースコロニーで使うエネルギーは原則的に電力だけとし、酸素を消費する燃焼という行為は極力なくす。そうすれば、地球上よりもずっと少ない酸素でこと足りる。また水は、月の極地方には氷があるといわれているから、それを利用し、循環利用を徹底する。それでも足りない分は地球から運ぶ。
 スペースコロニーの交通手段は自転車か電気自動車で、遠距離移動のためにはリニアカーのようなものを利用するので排気ガスは出ないし、交通事故もほとんど起こらない。地震や気象災害のような自然災害も発生しない。コロニーで発電した電力を、電磁波に変えて地球に送ることもできそうだ。こうしてみるとスペースコロニーはいいことづくめである。これで人類の未来はバラ色、といきたいところだが・・・。

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11.宇宙帆船は奇想天外なアイデアか?

 宇宙帆船とは、アメリカのSF作家ロバート・L・フォワードが、「ロシュワールド」という作品の中で開陳しているアイデアである。その概要はこうだ。
 まず、太陽にもっとも近い惑星である水星の近くに太陽熱発電所をつくる。ここで得られるエネルギーは超莫大で、一三〇〇兆ワットにも達する。このエネルギーをレーザ光に変換し、土星と天王星の軌道の間に浮かぶ直径一〇〇kmの超巨大レンズに送る。レーザ光は巨大レンズによって集束され、帆船へと送られる。帆船は、直径一〇〇〇kmの鏡の帆でそれを受け、その反射圧によって推力を得る。帆船は加速されつづけ、二〇年後には光速の二〇%にまで達する。帆船の本体は長さ六六m、直径二〇mの円筒形で、帆の巨大さにくらべれば圧倒的に小さい。帆船の総重量は八万二〇〇〇トンである。
 帆船を停止させるにはどうするかというと、帆の中心部の半径三〇〇kmほどを切り離してくるりと反転させ、船の後尾に移動させる。こうすると、環状の本帆に当たって反射したレーザ光は、後尾の帆にも当たって船を逆向きに押すから船は減速させられる。地球重力の一〇分の一ほどの加速度で二年間かけて停止させる。着陸する星は、太陽から六光年離れたへびつかい座のバーナード星だが、そこまで行くのにほぼ五〇年かかる。
 何とも気宇壮大なアイデアだが、科学的にはきちんと計算されているらしい。しかし、水星近くの太陽熱発電所だとか、土星と天王星の間に浮かぶ巨大レンズだとか、直径一〇〇〇kmにも及ぶ鏡の帆だとか、ちょっとしり込みしそうな道具だてが必要だ。
 宇宙大航海時代を切り拓くもっと現実的な手段は、原子力エンジンである。原子炉の熱で液体水素などを加熱して高温のガスに変え、噴射させる。原子炉は長時間にわたって大量の熱を発生し、燃料も軽量なのでなかなか有望だが*、推力は比較的小さく、また打ち上げにともなう危険性も当然あるので、地上から発射するには不向きであろう。重力の小さいスペースコロニーや月面などから出発するロケットとしての利用が向いている。
 もっとスケールの大きいアイデアとしては、反物質(第2章の8参照)エンジンがある。高エネルギー粒子加速器で発生させた反陽子と反電子によって反水素を形成し、磁場リングなどに閉じ込めておく。この反水素をとり出してエンジンの中で水素と混ぜ合わせると、対消滅が起こって大きなエネルギーが放出される。このエネルギーを使って高温のガスを発生させ、噴射させるわけだ。対消滅では質量の一〇〇%がエネルギーに変わるので、原子力エンジンにくらべて、エネルギーの発生効率は一〇〇倍以上も優れているという。まさに究極のエンジンである。
 原子力エンジンは、技術的には今すぐにでも実用化できる。現に、一九九七年一〇月一五日に打ち上げられた土星探査機「カッシーニ」の電源部には、プルトニウムが用いられている。ただし、環境保護団体が大いに反対する中での強行打ち上げではあったが。

* 化学燃料ロケットの重量のほとんどは燃料の重さである。燃料を飛ばすために燃料を使っているようなものである。

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12.宇宙旅行の予約受付け開始! 費用は九万八〇〇〇ドルなり

 宇宙旅行の受付けを開始したのは、アメリカのシアトルにある冒険旅行会社ゼグラム社。オゾン層を超える高度約一〇〇kmを飛行し、二分半ほどの宇宙滞在を行い、無重力と青い地球の景観を楽しむ。全体の飛行時間は二時間半から三時間で、参加費は九万八〇〇〇ドルだ。一九九八年一月現在で、米英などから二五人の応募があるという。
 日本では、日本交通公社、近畿日本ツーリストなどが受付け窓口になっている。ただし、初めての宇宙旅行なので保険料をどうするかなどの問題があり、当分は仮受付けの形になる。
 実際の運航は、二〇〇一年一二月一日から週二便のペースで開始される予定で、一度に六人が飛べる。参加者はあらかじめ、二日間の教育と三日間の宇宙飛行訓練を受ける必要があるが、国際線の飛行機に乗れる程度の健康状態なら大丈夫だという。
 打ち上げに使われるのは、バージニア州の民間航空宇宙企業が開発した「ツー・ビークル式スペース・クルーザー」で、船長、パイロットおよび乗員、乗客を乗せたオービターを搭載する。このオービターは、高度一五・二五kmに達すると切り離され、宇宙空間へ向かう。スペースシャトルとほぼ同様のやり方だ。
 やや古い話になるが、アメリカのある銀行が月に支店を出すと発表したことがある。一九八三年のことだ。二〇一〇〜二〇三〇年の間に、宇宙ステーションの近くに月支店を開設するという構想である。申し込みの第一号はSF作家のベン・ボバで、一〇〇〇ドルを本店気付けの月支店口座に預金したという。当初はただの洒落だと思われたらしいが、銀行側はかなり本気だったようである。宇宙ステーションさえ現実化すれば、本章の10でも述べたように有人月面基地は完全に射程距離内に入る。資金需要も出てこようというものだ。
 「宇宙旅行の父」といえば、帝政ロシア時代の宇宙科学者ツィオルコフスキーだが、彼の提案した宇宙旅行の“足”には、ロケットのほかに太陽帆船と軌道エレベーターがある。太陽帆船は、帆に当たる太陽光線の反射圧で進むものであるが、これをうんと大規模にして光速の二〇%もの速度を出せるようにしたものが、前項で紹介したフォワードの宇宙帆船である。
 それでは、軌道エレベーターというのはどういうものなのか。ツィオルコフスキーの提案したものは、内部がエレベーター式になっているパイプを月と地球の間に吊るすというものだった。このアイデアは、アーサー・C・クラークの「楽園の泉」にもとり入れられ、より工夫の加えられた軌道エレベーターとして大活躍し、多くのファンの心をつかんだ。
 宇宙ステーションを皮切りとして、二一世紀には宇宙の新時代が幕開く。今はSFでしか語られないアイデアや構想も、そのいくつかは現実化していることだろう。そのとき、私たちはどこかの国民などではなく“地球市民”となっているはずだ。

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