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第4章 地球の生き物(3)


21.マンモスとサーベルタイガー、どちらが強い?

22.絶滅した恐竜の唯一の生き残りがいる?!

23.鳥は恐竜の子孫ではないのか?

24.シーラカンスの刺身はうまくない?!

25.ダーウィンの進化論は、本当に正しいか?

26.ウィルスが、現代日本人のルーツを明らかにした!

27.人類絶滅の日はくるか?

<コラム>
本当に怖いのは疫病


21.マンモスとサーベルタイガー、どっちが強い?

 中生代の末に登場し、新生代(六五〇〇万年前〜現在)に大きく進化して現在も繁栄しつづける哺乳類たち。その進化の過程においてはさまざまな祖型動物が登場したが、彼らの体つきや風貌は、現生の動物に似ているような似ていないような、何かヘンテコこなものだった。
 これらの祖型動物のうち、獣類に入るものは草食獣と肉食獣とに大別できる。肉食獣は獲物として大量の草食獣を必要とするから、肉食獣と草食獣の占める割合は、肉食獣のほうがずっと少なかったであろう*。
 出土する古代獣の化石も、草食獣ばかりで肉食獣は非常に少ない。化石が少ないから古代肉食獣の進化をたどるのはむずかしいが、おおまかにいうと、虫や貝を補食する肉歯類が最初に現われ、次いで鳥獣や魚を補食する裂肉歯類が登場し、イヌ、ネコ、クマ、アザラシ、アシカなどの祖型がまるで試作品のように展開されていった。
 古代獣は、肉食獣、草食獣を問わずほとんどが絶滅している。これらの古代獣にはとほうもないものが多いが、ちなみにその巨大さをみてみよう。
 まずダントツにでかいのがインドリコテリウム。三〇〇〇万年前頃に繁栄したサイの仲間で、史上最大の哺乳類だ。体長八〜一〇m、肩高五・五m。頭骨だけでも一・二mあった。インドリコテリウムの前脚の間を、六列に並んだ兵士たちが凱旋門をくぐるように楽々と通過できるという。
 次にでかいのは、数万年前に栄えていた地上性ナマケモノの一種、メガテリウム。体長六〜七m、推定重量五トン。クマの化け物のようで、クマのように立ち上がることもできた。貧歯類に属する動物で、南米にしか生存しないアリクイ、ナマケモノ、アルマジロなどの仲間だ。真獣類ではあるが、歯が退化して貧弱だったため、有袋類と同様、他の大陸では肉食獣に滅ぼされてしまったらしい。
 このメガテリウムと差のない巨大獣に、カイギュウの一種であるステラー・カイギュウがいる。この古代獣は何と、一七六〇年頃まではベーリング海の浅瀬に生存していた。
 お次は、古代獣のライバル探しというのをやってみよう。パッと思い浮かぶのは、マンモスとサーベルタイガー(スミドロンとも呼ばれる〈写真は化石のレプリカ〉)ではないだろうか。ネアンデルタール人が生存し、クロマニヨン人も登場していた四〜五万年前頃の、草食獣と肉食獣の最強者どうしだ。
 この二頭が闘った場合、どちらが強かったか? サーベルタイガーは、文字どおり“サーベル”のような牙をもっていたから、今のライオンやトラよりも有利であったろう。そしてもちろん、マンモスは今のゾウよりはずっとでかい。
 この大一番、いずれに軍配が上がったのか? あとはご想像におまかせしよう。

* 現在のアフリカの生態系でみても、肉食獣は体重比にして五%程度を占めるにすぎない。

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22.絶滅した恐竜の唯一の生き残りがいる?!

 それは鳥類である。あのかわいらしい小鳥が、恐竜の直系子孫だなんて信じたくないかもしれないが、可能性はかなり高いという。その証拠をあげてみよう。
 1.恐竜の多くの種類の骨盤は鳥と似ている
 恐竜は、トカゲ型の骨盤をもつものと鳥型の骨盤をもつものとに大別される。恐竜の種類の大多数が鳥型骨盤類であり、鳥類はこの仲間から分化した可能性がある。
 2.有名な始祖鳥に恐竜の痕跡が認められる
 一八六〇年、ドイツで発見された最古(一億五〇〇〇万年前頃)の鳥の化石「始祖鳥」には、次のような恐竜的な特徴が認められる。
 *恐竜の尻尾のような尾椎からなる長い尾がある *翼(前脚?)には爪のついた三本の指がある(恐竜の指も三本) *上顎には歯が生えている
 始祖鳥恐竜子孫説をさらに補強したのが、恐竜恒温動物説を唱えたことでも知られるジョン・オストロムという学者だ。彼が小型翼竜として博物館に展示されていた“実は始祖鳥”の化石を丹念に調べたところ、それまでに見いだされなかった恐竜らしさを示す新たな特徴がいくつか見つかった。
 一九九〇年代に入ると、中国でも相次いで始祖鳥の化石が発見された。羽毛をもつ小型恐竜の化石が見つかった遼寧(リャオニン)省から出土した遼寧鳥、孔子鳥などがそれだ。遼寧省というのは、始祖鳥や鳥っぽい恐竜のパラダイスだったのかもしれない。
 中国産の始祖鳥たちは本当のくちばしを備え、歯は退化していた。尾も現在の鳥により近づいている。しかし、翼には爪のついた三本の指が残っていて、恐竜の名残をとどめている。全体の特徴から、ドイツ産の始祖鳥よりも高い飛行能力をもっていたことが推察され、化石の古さもほぼ同じなので、こちらこそが現在の鳥の祖先だとする説もある。
 ところで、孔子鳥の化石が公の場で売られているのをご存知だろうか(写真参照)。東京国際ミネラルフェアなどの希石展覧会で、アメリカ人のブローカーなどが販売している。一体が一万数千ドル、不完全なもので数千ドルという。いったいどうなってるんだろう。

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23.鳥は恐竜の子孫ではないのか?

 前項では、鳥は恐竜の子孫らしいということに焦点を当てた。ここでは、それを否定するさまざまな意見をとりあげてみよう。
 まず、ドイツで発見された始祖鳥についてだが、この始祖鳥には実は、鳥の飛行にとって不可欠な鎖骨がない。より正確にいうと、左右の鎖骨が癒合してYの字形になっている。
 この事実から、始祖鳥は鳥の祖先ではなく兄弟であるとする説が浮上した*。始祖鳥も鳥の祖先も恐竜も、みな共通の祖先から個別に枝分かれしたとする考え方である。その共通祖先と思われる樹上性動物の化石の中に、鳥の祖先にとても近いものがあったという報告もなされている。
 そしてとうとう、完全に鳥の祖先と考えられる化石を発見したと主張する学者も登場した。テキサス工科大学の古生物学者、シャンカール・チャタジーである。一九八三年に、二億二五〇〇万年前の地層から見つけたという。二億二五〇〇万年前といえば、恐竜の祖先が現われた頃だ。始祖鳥など消しとんでしまう古さである。前脚の指が四本であることをのぞけば、始祖鳥よりもはるかに飛ぶことに適応した特徴を備えているという。
 ただ、この話は全面的には受け入れられていない。化石全体の感じには確かに鳥らしさが認められるが、化石の質からいって、それ以上に微細な鳥の特徴を見分けるにはムリがあるというのが大方の意見だからだ。プロトアピスと名づけられたこの鳥の祖先モドキは、結局、うやむやのまま宙に浮いた形となっている。
 最近では、一九九七年一〇月発行の「Science」誌に載った記事が、鳥類恐竜子孫説を否定している。鳥類の胚の成長を調べたところ、鳥類の前脚の指三本は、恐竜と鳥の共通祖先とされる爬虫類の化石の五本の指のうちの第二、三、四指であったのに対し、恐竜のそれは一、二、三指だったという。
 きわめつけは、「BCF(初めに鳥ありき)理論」であろう。樹上性の鳥類が先に現われ、これらの仲間が地に降りて、恐竜の各系統が発生していったとする。アメリカの恐竜研究家、ジョージ・オルシェフスキーが提唱しているものである。トカゲ型骨盤をもつ恐竜や鳥型骨盤をもつ恐竜、翼にかなり近い前脚とダチョウに似た骨格をもつ鳥類的な恐竜、さらには始祖鳥やプロトアピスなど、恐竜と鳥類の全体を矛盾なく系統だてる試みはいまだに成功していないが、BCF理論だと、それがもののみごとにうまくいくというふれこみだ。物理学分野の超ひも理論みたいな存在である。これが正しければ、恐竜の「子孫」ではなく、その「祖先」のほうがいまだに生きながらえていることになる。

* その後、鎖骨をもつ恐竜の化石がわずかではあるが見つかった。この事実からすると、鎖骨の有無は、恐竜と鳥類とを絶対的に隔てる物差しとはならないといえる。

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24.シーラカンスの刺身はうまくない?!

 一九三八年一二月、南アフリカの博物館に奇妙なクリスマス・プレゼントがあった。グロテスクな氷漬けの魚である。トロール漁船が水深七五mあたりの海中で捕獲したものだという。体長一・五m、胸びれ・腹びれの付け根が人間の脚の付け根みたいな感じで、尾びれも奇妙な形であった。
 専門家が調べたところ、四億年前頃から恐竜絶滅の六五〇〇万年前頃まで生きていたシーラカンスの仲間であることが判明した。シーラカンスといえば、最初に陸へ上がって両生類に進化していった魚の“兄弟”だ。それが何と生身の体で発見されたのだから世界中は沸き返った。この怪魚は、その後しばらくはなりを潜めていたが、一四年をへた一九五二年、コモロ島の市場で再発見されたのを皮切りに続々と捕獲され、今ではその数一〇〇体以上にものぼっている*。
 ところで、シーラカンスの刺身を食べた人が日本にいる。お魚博士として知られる故末広恭雄氏だ。シーラカンスの解剖に立ち合ったとき、切りとった肉を試食したのである。水っぽくてまずかったそうだ。
 私たちのごく身近にも生きた化石はいる。あのゴキブリがそうだ。ゴキブリは、古生代石炭紀に現われて以来、三億年にわたって繁栄しつづけている生きた化石なのだ。台所をすばしっこく走り回るあのヌメヌメとした姿を見ると、さもありなんという気にもなる。繁殖力も飛び抜けて高い。
 瀬戸内海や博多湾などに棲息するカブトガニも同様だ。ペルム紀末の生物大絶滅(本章の6参照)によって滅びた三葉虫のあとを継ぐようにして出てきた同族種で、二億五〇〇〇万年を生き抜いた生きた化石である。カニという名はあってもクモに近い節足動物で、全長は六〇cmぐらい。飼育は比較的容易だ。このほか、ウニ、ヒトデ、ナマコ、ウミユリなどのきょく皮動物や、オウムガイ、ヘラチョウザメ、ナメクジウオ、肺魚などの水棲動物も、古生代から生き抜いてきたつわ者たちである。植物ではシダ類やイチョウがそうだ。
 哺乳類では、イワダヌキ、カイギュウ、オカピ、コビトカバ、バク、アルマジロ、ナキウサギ、ツチブタなどが候補にあげられるだろう。  こうした動物の中には絶滅寸前のものもいる。一方、ゴキブリなどは、人類滅亡のあとも図々しく生き残るに違いない。

* 日本ではよみうりランドに実物が展示されている。

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25.ダーウィンの進化論は、本当に正しいか?

 アメリカでの話だが、一九二〇年代に「学校で進化論を教えてはならない」という法律がテネシー州などで制定され、それに違反した教師が裁判で有罪となった。モンキー事件という。また八〇年代にも、「進化論を教えるなら、神による人類創造説も教えるべきだ」とする訴えが起こされ、連邦裁判所はそれを却下した。最近においても、ジョージア州ホール郡の教育委員会が、進化論と一緒に人類起源に関するその他の説も教えるよう教師たちに義務づけた。アラバマ州では、すべての生物の教科書に次のことわり書きが付されている。
 「進化論は一部の学者によって認められた、いまだ議論の余地のあるセオリーです」
 アメリカの世論調査では、つねに半数近くの国民がダーウィンの進化論を否定するという。
 このように、「ダーウィンの進化論」と「神による人類創造説」との対立は、進化論が世に出て以来今日まで連綿としてつづいている。最近では進化論がまっとうな理論であるか否かまでが問われ出している。進化論懐疑派が、進化論否定のために決まってもち出す論点は次の二つだ。
 突然変異というのは、形質が子孫に伝わっていくべき“偶然”の変異だから、遺伝情報の組み合わせにランダムに変化が生じることでなければならない。遺伝情報の組み合わせのバリエーションは膨大である。その中から、生存につごうのよいものだけが選択される確率は、数学的にみてきわめて小さい。そして、この極微の確率に無数に恵まれなければ高等生物へは進化できない。さらに自然淘汰の荒波にも揉まれて、生物がバクテリアから人類にまで進化するには、天文学的をも超えるほどの長大な時間が必要である。人類ほどの高等生物でなくとも、馬になるだけだって一〇〇億年以上はかかるであろう。
 もう一つの否定論はこうだ。ダーウィンの進化論によれば、大きな変化も小さな変化の積み重なりにすぎないので、すべての生物の変化は連続していなければならないはずである。ところが、実際に出土する化石でみるかぎり、生物の進化は連続的でなく不連続であり、大きな変化が突然に生じている。
 宇宙論の世界においても、最近は既存の理論が大いに揺らいでいるようだ。あまりに大きすぎる命題には、答は用意されていないのだろうか。

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26.ウイルスが現代日本人のルーツを明らかにした!

 昔むかし、この日本には縄文人が平和に暮らしていた。ところが紀元前後の頃、大陸から弥生人が相次いで渡来してきて、縄文人を追っぱらってしまった。今や定説となっているこの現代日本人ルーツ説は、ウイルス感染者の地域分布差の調査によっても裏づけられている。
 肝炎の病原とされるウイルスにHB抗原というのがある。感染力・発病率ともに低く、輸血がなかった時代には、ただ母から子に伝わるだけであったが、今は輸血でうつるようになってしまった。このウイルスは地域によって型が異なり、adw、adr、aywという三つの型のあることが、WHO(世界保健機構)の調査によって明らかになっている。
 おおまかにいうと、adw型は東南アジア海洋部(台湾、フィリピン、インドネシア)と東アフリカ・南アフリカに多い。adr型は東アジアと東南アジア大陸部(タイ、ミャンマー)に見られる。ayw型は西アフリカ・中近東・インドにだんぜん多い。アメリカとヨーロッパはayw型とadw型が入り交じり、adr型はほとんどない。
 日本での調査結果も出ている。それによると、全般に東アジア系のadr型が多いが、東南アジア海洋部系のadw型もある。しかもadw型の割合は、北から南へ下るほど減少し、沖縄まで下ると、今度は一挙に激増するのである。このことから、原日本人は南方から舟でやってきて、沖縄から内地へ広がり、縄文人となった。ところがadr型民族(弥生人)が大陸から押し寄せてきて、縄文人を北へ北へと追い上げた。このために、adw型は沖縄と北日本にだけ多く分布するようになったというストーリーが描けるのである。
 これと同じような推論へと導く、やはり感染力・発病率ともに低いウイルス感染者の地域分布差を調べた結果もある。それによると、ATLウイルスという白血病の病原となるウイルスの感染者は、沖縄、九州、北海道や海岸部、離島には多いが、本州の中央部には少ないという。ATLウイルスの感染者が縄文人であったとすれば、この縄文人がATLウイルス非感染者である弥生人に追われ、列島の南北と海岸部や離島に移動したという推論が成り立つ。あるいは、本州の中央部では両者の混血が進んで感染者が少なくなる一方、遠隔地では混血のチャンスが少なくて、感染者が温存されたとしてもいいだろう。
 縄文人の南方起源を裏づけるより直接的な研究報告もある。約六〇〇〇年前頃のものと思われる縄文人の頭蓋骨に付着していたごくわずかな細胞からミトコンドリアを採取して、そのDNAを分析したものだ。結果は、日本人のものではなく東南アジア人のものと一致したという。

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27.人類絶滅の日はくるか?

 地球の温暖化やオゾン層破壊など、環境の汚染と破壊がつづいている。これらは、長いスパンをかけて人類の生存を脅かしていく。だが、ほぼ一瞬(といっても数カ月から数年)のうちに、人類が死に絶える事態も予測されている。
 それは巨大隕石の衝突だ。事実、六五〇〇万年前に恐竜が滅びたのは、直径一〇kmもの巨大隕石が地球に衝突したからだといわれている。その説を裏づける痕跡も、メキシコ東端のユカタン半島で一九九〇年に見つかった。カリブ海沿岸のある町の地下に、深度一〇〇〇mにわたって、直径二〇〇kmもの大クレーターの埋没しているのが観測衛星によって発見されたのだ。地質調査によって、このクレーターは六五〇〇万年前のものであることが確認された。
 隕石は、火星と木星の間の軌道を回る小惑星帯からはじき出された惑星の塊が、地球の引力にとらえられて地球に衝突するものである。小惑星の軌道は地球の軌道を横切るくらいだから、タイミングが合いやすいのだ。大部分の隕石は、地球の引力圏に飛び込んできても、大気との摩擦で燃えつきてしまう。しかし、もともとが大きな塊が地球を襲ったとしたら、大気中で燃える分を差し引いても十分にでかい隕石が地上に落下する。
 たとえば、直径一〇kmもの隕石が地上に落下したら、いったいどうなるのか。
 その放出エネルギーは、広島型原爆の五〇億個分はあるともいわれ、衝撃は数百km四方に及ぶ。そして吹き飛ばされたチリは数年にわたって全地球を覆い、日光を遮断して寒冷化をもたらす。落下の衝撃は地殻異変も引き起こすだろうから、地震も世界中で発生する。この結果、植物は光合成ができなくなって死に絶え、それを餌とする草食動物、さらには草食動物を補食する肉食動物も絶滅する。さらに地震が追い打ちをかけるわけだから、人類とても生きてはいけない。
 もし、この巨大隕石が海に落下した場合はどうなるのか。高さ一〇〇〇mにも及ぶ巨大津波が発生し、地上を洗い流してしまうだろう。
 巨大隕石の地球への衝突確率は、一〇〇万分の一。宝クジが当たる確率より高い。隕石の素である小惑星帯の星は、地球よりもずっと巨大で重い木星に落下しやすいが、そうしてできた隕石落下の跡には、地球大のものもあるそうだ。

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<コラム>
本当に怖いのは疫病


 巨大隕石の衝突も怖いが、より現実的な人類滅亡のシナリオといえば疫病の蔓延である。エイズの世界的な流行はもとより、エボラ出血熱や狂牛病など、未知の感染症の出現が人類をふるえあがらせている。また、抗生物質への耐性を身につけた結核菌やコレラ菌なども出現している。一九九六年の結核による死亡者は三〇〇万人にも達した。日本においても、1997年の春先からO−157による食中毒が猛威をふるい始め、一五〇〇名以上の発症者と三名の死者を出した。
 この地球上にはいま、これまでの医学の常識や手段の通じない“新しいタイプの感染症”が多発している。この一〇年から二〇数年前までは知られていなかったウイルス(エイズウイルス、エボラウイルス等)や、抗生物質への耐性を獲得した細菌(結核菌、コレラ菌等)、あるいは抗生物質や抗菌剤の作用によって有毒化した細菌(O−157等)などによる感染症だ。
 エイズウイルスやエボラウイルスは、熱帯の森林奥深くで静かに棲息していたウイルスが、開発と自然破壊というきわめて現代的な感染ルートをへて村落や都市部を襲い、エイズウイルスの場合は水際でくい止めることができずに世界中に蔓延した。また、新しいタイプの結核菌、コレラ菌、そしてO−157などの大腸菌は、多用される抗生物質によって突然変異を引き起こした細菌群である。院内感染源となるMRSAなどもそうだ。
 これらの新しい感染症は、皮肉にも現代文明の発展そのものがまねき寄せた疫病である。文明の発達が病をいやすと同時に、病を招来させもするという、二律背反的な奇妙な状況に私たちはいる。二律背反的であるがゆえに、ワクチンや特効薬のできる可能性もうすい。

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